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若者がやってきた


履歴書を持って


「あのぉ パン屋になりたいんスけど」


「悪いね

うちを選んでくれたのはとてもうれしいんだけど

今のところ募集の予定はないし

見てのとおり人を雇うほどの余裕もまだないから

申し訳ないが他を当たって下さい」


「自分 捨て子なんスよ

だから人間関係うまくなくて

それじゃあ腕に職をつければって

カノジョが言うもんだから」


「あのね

訊いてもいない事情を

初対面の人間に

そんな風に話すのは感心しないな

君の境遇を哀れんで

同情して

そういうことなら明日からでもおいで

とでも言ってもらえると思っているところがあるのなら

そんなに世間は甘くないことを知った方がいい


君は立派に大人だ

見たところ十分に人としての魅力もありそうだし


たしかにこれまでそうやって生きてきたのかもしれない

最初にそう相手に告げることで

いろいろよくしてくれた大人がいたのかもしれない

すぐに仲良くなってくれた先輩や

友達になってくれた同級生がいたのかもしれない

優しくしてくれる女の子がいたのかもしれない


でももうよせ

同情で始まった人間関係が長く続くとは思えないし

第一、対等な間柄じゃない


そういう身の上話は

親しくなった友達に問われてサラッと告げればいいことだよ


またさ

なにかあれば寄ってくれていいし

訊きたいことがあれば電話してください」


「そうスか どーも」


踵を返すと

そのままドアを開け

通りに沿ってまっすぐに

一度も振り返ることなく去っていった


もう二度とここにあらわれることはないんだろうな

そう思った


本当はドキドキしていた


すっかり同情していた


彼の思うつぼだった


彼と話している間ずっと


頭の中にいつか聴いたメロディーが流れていた


♪ひとりで歩けるようになってくれ

 自分で立てるようになってくれ

 君は闇を通り抜けてきた

 さあ新しい世界が待ってるから


Goodluck, young gentleman.