candle2005


働き始めてまだ間もない頃


決まって公休の前の晩に寄っていた居酒屋の


9才年上の店長と妙にウマが合い親しくなった


「このあと予定がなきゃ一杯つきあえよ」


「いいけど奥さん待ってんじゃないの?」


「チビ連れて友達と泊まりでディズニーランド行ったから

どうせ今夜はチョンガーさ」


彼の車に乗るとその曲が流れてた


「へえ こういうの聴くんだ?」


「俺捨て子だったんだ

切なくなるから最初イヤだったんだけど

なんだか励まされるようで時々聴きたくなる」


♪ひとから涙をもらうこともなく

 ケンカの痛さも知らないまま

 恋の辛さも知らないうちに

 君はただ捨てられた


 父はしくじったと思ったのだろう

 母はともかく産んでみたんだ

 君の意志とは関わりなく

 女は母にならずに女を選んだ


 いつか君も自分を知るだろう

 でもなぜ生まれたかなんて考えるな

 君はひとりでやってきたんだ

 僕らの知らないところからね


「だからさ

同じところで育った女房と俺は

娘が生まれたとき

血のつながった肉親を持ったことに

えらく感激した

おまえにはわからんだろうがな


そうそう

年が明けたらもう一人家族が増えるんだ」


そう言った彼は


その年の暮れ


仕事帰りに居眠り運転であっけなく逝った


僕は神を信じなくなった



生まれてきた彼似の女の子と上の子を施設に預けて働き始めた彼の奥さんは


10ヶ月後


子供たちとの面会の日に待ち合わせていたいつもの場所に姿をあらわさなかった


僕は施設の人間に彼女の所在を問われ


さんざんののしられたあげく


身内ではないという理由で子供たちとは会わせてもらえなかった


翌月も翌々月も彼女は現れなかった


子供たちが別の施設に移ることを知らされた


新しい施設でもまた


同じ理由で子供たちに会うことはできなかったが


誕生日のプレゼントと


クリスマスプレゼントだけは手渡してもらえたらしく


つたない文字で綴られた礼状が届くようになった



上の子が中学生になった年の秋


「いつもありがとうございます


でももうこれでおしまいにして下さい


贈り物が届くたび


考えても仕方のないことを考えてしまうし


思い出せるはずのないことを思い出そうとしてしまいます


あなたが死んだお父さんのたった一人の友達だったことは知っています


お母さんといっしょに連れていってくれた動物園で


まるでお父さんのように肩車をしてくれたことも覚えています


あなたが新しいお父さんになってくれるといいのにねと


よく妹と話したりもしました


いつかあなたが二人を迎えに来てくれると思っていた頃もありました


すいません


勝手ばかりで


近々妹はやさしいご夫婦のところへ養女に行くことになりました


私もあと2年ちょっとでここを出て働けるようになります


もう大丈夫です


長い間本当にありがとうございました」


そんな気持ちに思い至らなかった自分を恥じた


一方的な親切の押し売りを悔やんだ


自分の心の中に


他人を憐れんでいい気になっている


そんな傲慢さがあったことに


今さらながら腹が立った



酷いことをしてすまなかった




あの子達もこの星のどこかでもう母親になっているだろう


二人とその家族に幸あらんことを




見ず知らずのあの若者に

あんなにムキになったのには

少しだけ・・・訳がある


ぱん衛門